柴田翔/されどわれらが日々

柴田翔/されどわれらが日々
1964年 日本
269p 読書期間2週間
『まじめすぎる』
 
 学生運動が盛んであった60年代から70年代に掛けて、多くの若者に支持を受けていた青春小説。
その事実を聞き、当時の学生気分を少しでも理解できないものか。
そうすれば、当時の日本語フォークを聴くときに違った聴き方が出来るのではないか、
と思って借りてみました。

 主人公の文夫と、婚約者である節子による恋愛小説となっています。
学生運動に見た理想(それは巻き込まれただけの受け身なものだったりします)
は崩壊して、その後の人生をどうするのか。
そこがテーマとなっています。
疑問を捨てて、あきらめ、妥協をする。経て
安定した形式に収まって社会のルールに取り込まれていこうとする主人公。
恋愛、結婚に於いても同様の道を進もうとしています。

 一方の節子も同じ境遇だったはずですが。。。

 結局、すっぱりと裏切られてしまう文夫。
しかし、晴れ晴れとした気持ちで結婚から逃げた節子を祝福します。

 次々に新しい出来事が起きスラスラ読めました。
物語としておもしろいことは間違いありません。

 そのうえで感想です。
まず。皆、まじめに考えすぎて悩んでおり、とにかく暗い。
しかし、高齢者の考えが国の中心になっている現在の日本では、
このような悩みすら若者は持てないのかもしれない。
また違う悩みがあるのでしょう。

 そして節子。マリッジブルーよろしく逃亡するわけですが・・・・・・
やはり男の身からすると、恐ろしい所業としか言えません。
文夫は節子のことを我々の世代の殻を破るとか言っていて
それは一理あります。
ただ、それよりも「女心と秋の空」の如き、心の動きが恐ろしい。

最初はあきらめた者同士で連帯していたじゃないかー。

当時の学生気分も少しは分かった気がします。
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