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中島敦/李陵・山月記

中島敦/李陵・山月記
1943年 日本
218p 読書期間7日
『孔子と弟子の問答を読んでますます疲れる休み時間』

 美しい日本語文章が楽しめる古典、ということで挑戦してみたのですが、
中国の古典を題材にした内容はとても難しく、218pという分量であるにもかかわらず大苦戦。
ただその苦労は報われて面白かったです。

 中島敦は1904年生まれ。父は漢文教師。
早くから母親に先立たれ、再婚した継母もまもなく死去。
更に自身はぜんそくの持病に苦しんでいます。
そんな彼は父の影響で漢文に興味を示し、そこから自己否定的な考えに執着することに。
戦時中、国語と英語の教師として働く傍ら、中国の古典を題材とした短編小説を書いています。
そして33歳、作品が世に出る前にぜんそくにて死去。
残された作品は全て死後に発表されて高く評価されることになります。
本作は、残された短編の中から、代表的なものをまとめたもの。

 最初に218pと書きましたが正味の内容は154pまで。
206pまでが文末脚注、215pまでが解説、残りが中島敦の年譜です。
何と言っても文末脚注の多さ。
これが要です。
一話目の山月記を例に挙げると
冒頭で
ロウ西※の李徴は博学サイエイ※(←カタカナは本来チョームツカシー漢字)
とあり、

ロウ西?なになに?ペラペラ(ページを脚注まで移動)
「いまの中国かんしゅくしょうのりんとうふからきょうしょうふの西境にいたる地域で西域に近かった、か。
・・・・・・
なるほどねー。」ペラペラ(最初のページに戻る、その間にりんとうふウンタラのことは忘れる)
博学サイエイ?なになに?ペラペラ(ページを脚注まで移動)
「才能が非常に優れていること、か。これは分かる。」ペラペラ(最初のページに戻る)
という具合。
正直に言うと100p辺りで飽きて、脚注は無視して読み進めました。
まぁ、かんしゅくしょうのりんとうふからきょうしょうふの西境にいたる地域で西域に近かった
とか知らなくても問題ないですし。
それはともかく「美しい日本語文章が楽しめる古典」という評価に違わぬ文章で
しかもスラスラ読めてしまう。(脚注を無視すれば、ですが)
加えて、題材となった中国の昔話もとても面白かったです。
人生に対する諦観と自己否定が厳格に貫かれているので、
かなり疲れるという難点はありますが、それでも面白かったです。
主人公はほとんどが孤独で、
友人が出てきても「あー、こいつはこんなに立派なのに俺は駄目だ。」
みたいな描写が特徴的で身につまされます。
以下、それぞれの短編に対する感想を書いておきます。

山月記
 「おれって頭いいじゃん」と自負し、その自信を崩したくないあまり、他者を遠ざけて驕っていた男が
虎になってしまう話。

 自分の最後のよりどころ(この男の場合は詩)を失いたくないので
世間に向けてチャレンジが出来ない、というのは自分にも身に覚えがあります。
虎になってから後悔するのでは遅い、やって後悔せねば!
ということなのですが、本当に最後のよりどころなのよ?
せつない。

名人伝
 弓の名人キショウが二人の師匠を通じてどんどん弓を高めていき、
最終的に弓を持たずとも射ることが出来るように。
そして最後には「弓って何だっけ?」状態になってしまう。

 俗な欲を捨て去り、仙人みたいになるのですが
それが本当にいいことなのかな。ほどほどで行こうってことでしょうか?

弟子
 孔子の弟子、シロと孔子の交流の話。
とにかく融通の利かないシロの性格には自分も共感しました。

李陵
 漢の勇者であった男が
匈奴に囚われ降った話。

武帝がひどすぎる。
「巨大であるが故、欠点も大きく見える」とか書いていますが
わがまますぎで軽々しく処刑し過ぎ。
こんなやつに愛想を尽かすのは無理ないこと。
李陵は悪くない!そんなに気に病むことないんだよ!

あー、中島敦ってかわいそうな人だ。
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