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Barbara Dane/Hot Jazz, Cool Blues & Hard-Hitting Songs

Barbara Dane/Hot Jazz, Cool Blues & Hard-Hitting Songs
1950年代 アメリカ
『違いが分からない男のブルース・レビュー27』

 ブルースの新規開拓を目的とした連載だったこの企画も27回目。ネタにするべきブルース・シンガーを探すのがそろそろ難しくなってきた感じです。今回取り上げるバーバラ・デインは、タイトルからも分かる通り、フォーク、ブルース、ジャズ・ヴォーカルと多岐に渡って活躍している人物。純然たるブルース・シンガーと言えませんが、ご容赦ください。

 1927年デトロイト生まれ。音楽に関わり始めたのは高校時代の頃。1940年代のデトロイトは経済発展が目覚ましく、且つ労働組合による運動も活発化。人種平等と労働者の権利を求めるデモに、バーバラ・デインも参加することとなります。デモの一環として同世代(10代)の若者たちと共にバンドを結成。パフォーマンスを披露することで、地元の音楽プロモーターからの関心を集めました。ただ、この時点ではプロモーターからの誘いは断り、工場の正門や組合のホールで歌うことを楽しんでいたとのこと。
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 1949年にサンフランシスコへ移住。これを機に両親ら家族を養うために、ラジオやテレビでトラッドや流行歌を歌う音楽活動を開始します。1950年代、時代の流行に合わせてブルースの古典やジャズのスタンダードを独自の解釈で披露。彼女が主に活躍していたエンバカデロにあるクラブから評判が広がっていき、ジョージ・ルイスやキッド・オーリーのようなニューオーリンズのジャズミュージシャンや、トルコ・マーフィー、バート・ベールズ、ボブ・ミルケーといった地元のミュージシャンと交流。その他、メンフィス・スリム、ウィリー・ディクソン、マディ・ウォーターズ、クララ・ワード、ママ・ヤンシー、ウェス・モンゴメリー等、様々なミュージシャンと交流。フォーク、ブルース、ジャズとジャンルを超えた活動を見せ、1980年代までアルバムを発表しました。その後は社会活動を行うことに専念しています。2018年現在、90歳。

 今回、聴いたアルバムは2枚組のベスト盤。38曲も収録している充実の内容。前述した共演メンバーの他、ライトニング・ホプキンスやチャンバー・ブラザーズ、ドク・ワトソン、ピート・シーガーとの共演も収録しています。バーバラの歌声はパワフルで泥臭い。なるほど、こんな歌声で平等や権利を歌われたら、励まされることだろう。

Barbara Dane & Lightnin' Hopkins - I'm Going Back, Baby (Back Behind The Sun)
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Casals Trio:Beethoven Piano Trio No.7 Archduke/Schubert:Piano Trio No.1

Casals Trio:Beethoven Piano Trio No.7 Archduke/Schubert:Piano Trio No.1
カザルス・トリオ/ベートーヴェン:大公トリオ
1926~1928年 フランス(録音:ロンドン)
『お正月にピッタリの優雅な室内楽』

 年始に聴いていたクラシックをご紹介。帯には「史上最高の名トリオ、カザルス・トリオの代表作。」の文字。初めて聴きましたが、お正月にピッタリの優雅な室内楽でうれしかったです。
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●カザルス・トリオについて。
ピアノ:アルフレッド・コルトー
ヴァイオリン:ジャック・ティボー
チェロ:パブロ・カザルス
上記3人によるトリオ。1905年、パリを拠点に活動していた若手演奏家3人により、結成されました。初期には三重奏を通じて切磋琢磨していた彼らですが、それぞれが頭角を現すに伴い、トリオとしての活動は減少。本作が録音された1920年代後半には年に数回というペースでしか活動していなかったとのこと。もちろん、演奏家としての腕は上がっており、より素晴らしい演奏を披露してくれています。

●ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調「大公」作品97 について。
 ベートーヴェンが1811年に作曲した曲。「大公」はベートーヴェンと親交が深かったルドルフ大公のこと。優雅で幸福、そして清々しいメロディーが溢れた曲です。ベートーヴェンのイメージではあまり無い、柔和な魅力が楽しめました。

●アルバムについて。
 1920年代の作品。今から98年前の録音なので、ところどころプチプチのノイズが入っています。また籠っている感じもあり。最新技術ハイサンプリング・レコーディング・システムをもってしても覆せないハンデを感じました。ただ、そこを味と割り切れれば、晴れやかな三重奏を存分に楽しめます。餅が2個入ったお雑煮を食べて、このCDを聴いているとやがて横になり、午睡を貪ることになるでしょう。

Cortot, Thibaud, Casals - Beethoven Archduke, Trio Op.97 in B flat Major
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Lowell Fulson/Reconsider Baby: The Complete Checker Singles 1954-1962

Lowell Fulson/Reconsider Baby: The Complete Checker Singles 1954-1962
1950年代 アメリカ
『違いが分からない男のブルース・レビュー25』

 2016年6月以来のブルース記事、ついに復活。本日はロウエル・フルソンを取り上げます。

●経歴
 1921年、オクラホマ州タルサ生まれ。10代の頃からタップ・ダンサーとして活動しており、音楽に理解のある家庭で育ったとのこと。尚、この頃にはテキサス・ブルース・スタイルのバンドに参加していました。成人した1940年代にカルフォルニアへ移住。これを機にブルース・シンガーとしての活動を開始します。彼は時代毎に音楽性を変えています。まず初期(45年~50年頃)は地元カルフォルニア周辺のレーベル(複数)での伝統的なテキサス・ブルース。続いて中期(50年~64年)にはチェッカー・レーベルに移籍。ピアノ、サックスを加えたバンドを結成し、スロー・テンポのブルースを指向しています。ここでは自身のルーツであるゴスペルの要素が加わっているのも特徴。同じく中期の後編としてメジャー・レーベル、ケントに移籍していた時代があります。(64年~)ロックンロール誕生期にあたる、この時期ではビートを強調したブルース・ナンバーでヒットを生んでいます。以後も地道な活動を続けており、1980年には来日公演も実現しています。1999年にカリフォルニア州ロングビーチにてなくなったとのこと。戦後モダン・ブルースの歴史を作った一人です。尚、B.B.キングに影響を与えたブルースマンとしても知られており、B.B.キングは「眠れる巨人」と称していたそうです。

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50年代のロウエル・フルソンと言えば、この写真で決まりだ!笑顔が決まっています。

●チェッカー・レーベルでのロウエル・フルソン
先に書いたように、この頃の彼は弾き語りからピアノ、サックスを加えたバンドへと表現方法を変えています。ピアノはロイド・グレン、アルト・サックスはアール・ブラウンが担当。ソウル、ゴスペルの要素も多く含んだスロー・ブルースが中心です。歌、ギター共に派手さはありません。バンドとしてのサウンドを重視しており、あまり前に出ないのも特徴。ただし、生活感の滲み出る泥臭くもソウルフルな歌唱、ロープ・ギターと自称するザクザクとうねるギター、ともにインパクト十分。ここぞという時の存在感は十分です。曲は技巧で聴かせるというよりはムードを重視しており、ポップなものが多い印象。ゴージャスな雰囲気満点のねっとりとしたサックスと、穏やかに跳ねるピアノも、素晴らしい。

Reconsider Baby
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BARTOK:CONCERTO FOR ORCHESTRA & MUISC FOR STRINGS,PARCUSSION AND CELESTA etc./FRITZ REINER:CHICAGO SYMPHONY ORCHESTRA

BARTOK:CONCERTO FOR ORCHESTRA & MUISC FOR STRINGS,PARCUSSION AND CELESTA etc./FRITZ REINER:CHICAGO SYMPHONY ORCHESTRA
1955&1958年 アメリカ
『失った故郷を思う曲』
 久しぶりのクラシックCDレビュー。今日はバルトークを学ぼうと思います。以下、解説などを参考に書いたものです。

●バルトーク・ベーラについて
1881年生まれ。ハンガリーで育った彼ですが、1940年にアメリカへ亡命しています。そのきっかけは1931年のこと。イタリアの指揮者、トスカニーニはボローニャでファシスト党賛歌の演奏を拒否して、暴徒から殴打される事件が起こりました。トスカニーニはこれにより国外追放。トスカニーニに触発されたバルトークは、ドイツでの演奏を拒否するなど反ナチスの思想を行動で示しました。結果としてヨーロッパでは生きづらくなり、身の安全も確保できなくなった彼は母の死を機としてアメリカへ亡命したのでありました。亡命先のアメリカでは音楽活動が思うようにいかず、ライフワークであった民族音楽の研究により没頭するように。しかし同じベルギー出身の指揮者フリッツ・ライナーが支援したことにより復活。1944年には民族音楽の研究をクラシックへと転化させた「管弦楽のための協奏曲」という傑作を生みだしたのでした。バルトークはその翌年、1945年に亡くなっています。ナチズムに勇気をもって抵抗した結果、自身の故郷を追われ、作曲家としての評価も失ってしまったバルトークですが、最後に作曲家として活躍することが出来て良かった。

●アルバムについて
先述したハンガリーのライナーが指揮したアルバム。彼は指揮棒を最小限の動きで細かく振るベスト・ポケット・ビート〈チョッキのポケット式のビート〉というスタイルで知られています。抑揚のメリハリ、爆発力が特徴。録音当時となる1950年代半ばは、彼にとって世界的な名声を得ていた全盛期。バルトークの名演として知られるアルバムです。
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管弦楽のための協奏曲
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ニカの夢について。

 okmusic掲載「ミュージック・ソムリエが選ぶ、こんな時に聴きたい曲」。
今週のテーマは『願い事をする時に、聴くとご利益がありそうな曲』でした。
わたしはウェス・モンゴメリーの「Nica’s Dream」を選曲。
元記事はこちら
 ここでは字数の関係で載せられなかった補足情報などをまとめておきたいと思います。
以下、記事を読んだうえでご覧ください。
楽しい音楽生活の一助となれば。
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1 「Nica’s Dream」について。

 本文でも書いた通り、ホレス・シルバーが作曲しており、
オリジナルはアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズによるもの。
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