フリーマントル/別れを告げに来た男

フリーマントル/別れを告げに来た男
1973年 アメリカ
中村能三訳 234p 読書期間14日
『秘書を攻めきれない主人公が愛らしい』

 人物描写に定評があるミステリー作家の処女作にして代表作。

 宇宙開発の指導者がソ連からイギリスへと亡命して来た。
主人公の取調官は裏に何かたくらみがあると感じ取るが・・・・・・というストーリー。
こうやって書くとありがちですが、実際読んでみると、よりオーソドックス。
それなのに先が気になる、という巧い歌り部っぷりが発揮されています。

 先述した通り、人物描写が素晴らしく特に欠点の書き方が素晴らしい。
取調官と上司、取調官と秘書、取調官と(彼と)離婚したい妻、
といった本筋から逸れた肉付けとなる日常でのコミュニケーションが楽しいです。

 果たして亡命者の目的とは、という部分について、それほど意外性はありません。
しかし、哀愁漂うラストは良かった。
ハードボイルドの名作としても有名な本作ですが、雰囲気も抜群にかっこいいです。
文量も控えめでさっぱり読めてしまうので、時間が無い時の読書にもおすすめ。
関連するタグ ミステリー

ユッシ・エーズラ・オールスン/特捜部Q-織の中の女-

ユッシ・エーズラ・オールスン/特捜部Q-織の中の女-
2007年 デンマーク
『1ページ目で、この女は助かるって思った。』

 近年、デンマークで高い支持を得ているミステリー作家、ユッシ・エーズラ・オールスン。
彼の看板シリーズである特捜部Qの第一作。

 ヨーロッパ圏のミステリーらしく、
ダークで地味な展開でジリジリと盛り上げていく構成となっています。
題名通り、織の中の女と彼女を探す刑事たちという二つの視点が交互に描かれるスタイル。
犯人への伏線に関しては、「そういえばそんな描写があったな」という感じで
狐につままれた感じもありました。
しかし「筋がだいたい読めてしまっていても」物語をスムーズに楽しめました。
ネガティヴな主人公カールと怪しいシリア系の助手をはじめ、
人物が面白く書かれているのが魅力。

 完全に満足できたわけではありませんが、もう1冊読んでみたいです。

 そういえば本文中で、デンマークでは近年、廃藩置県的なことが行われていて
行政が色々大変だ、という描写がありました。
もう21世紀になるのに、そんなことしちゃうなんて凄い国だな、と思いました。
13あった地方を5にしちゃったのだそうです。(解説より)
関連するタグ ミステリー

R.D. ウィングフィールド/フロスト気質

R.D. ウィングフィールド/フロスト気質
1995年 イギリス
(上下合わせて909p) 芹澤恵訳

 フロスト警部シリーズの4、5巻にあたる2冊で
日本では作者の一周忌となる2008年に刊行されていたみたいです。
去年出た「冬のフロスト」が6,7巻、そしてまだ訳されていない遺作「A Killing Frost」。
これを読んでしまったら残り三冊か。大事に読んでいかねば。

 というわけで、今回も面白かったです。
前作の感想で主だったところは書いてしまっていますが、
訳者の手腕含め、今回も期待通りの仕上がり。

 解説にもあったようにフロスト警部の性格も随分まともになっており、
そこは少し物足りなくもあり。
しかし、その反動で、上司とライバルの同僚の言動がより理不尽に感じるので、
まぁプラスマイナスゼロでしょう。

 上下巻になった分、「推理を失敗しながら深層に近づく」スタイルに慣れたせいか、
「どうせ、この推理もスカだろう」とスレてしまった自分に気づきつつも
上巻では水戸黄門的な安定感で楽しめました。
そして、下巻に入ってからは早々に犯人も絞られて緊迫する展開になり、
(ラストの描写があっさりしすぎでもったいないかな、とも思いましたが)
一気に読ませます。

また少し間を置いて次巻を読みたいです。
関連するタグ ミステリー

フェルディナント・フォン・シーラッハ/コリーニ事件

フェルディナント・フォン・シーラッハ/コリーニ事件
2011年 ドイツ
酒寄進一訳 203p 読書期間2日
『覆水盆に返らず』

 今回は久しぶりに戻ってきた推理小説ゾーン。
自分に馴染みがある訳者であり、人気があるということで借りてみました。

 あらすじは、
2001年ベルリン。イタリア人のコリーニが殺人容疑で逮捕された。
被害者はある実業家。
新米弁護士のライネンが、弁護をかって出るものの
コリーニは動機を一切語らず、被害者が少年時代の親友の祖父であることを知る。
ベテラン弁護士、マッティンガーとの攻防戦の果てに明らかになる真相とは!
という感じです。

 以下、感想はネタバレを含みますのでご注意ください。



 ナチ独裁政権下での処刑と、それにまつわる復讐の話です。
国がそれに纏わる犯罪を全て時効にしてしまう、という仕業に驚きました。
結局、登場人物たちは歴史に翻弄されているだけで
それぞれ手酷く傷つきます。
悲劇を伝える、というだけでなく、ライバル弁護士マッティンガーとの対決も含め、
登場人物の生き生きとした姿も描かれているのもポイント。
200pという手頃なページ数であり、且つ読みやすい訳ですらすらと読めてしまいます。

 ミステリーとしてはどんでん返しも謎も無いに等しいので物足りないと感じるはず。
最初から物語として触れていけば、より楽しめるでしょう。
関連するタグ ミステリー

ミシェル・ウエルベック/地図と領土

ミシェル・ウエルベック/地図と領土
野崎歓訳
2010年 フランス 402p (読書期間11日)

『孤独な人生に通り過ぎる、僅かな交流を愛でる』

 最初の100ページを読むのに10日掛かっています。

 この本は、架空の芸術家、ジェドの一生を描いたもの。
まず、架空の芸術作品というものがクセモノで、
実在しない名作を説得力ある描写で表現しなければなりません。
その権威付け及び、リアリティ確保の為なのか、TVショー司会者や、
スティーヴ・ジョブスなど実在の人物が多数登場。
また、フランス芸術についても細かな描写があり、
この辺りが特に序盤読み進めるに当たり苦労しました。
とはいえ、作品に関して思わず作品名で検索を掛けてしまうほどに
説得力のある描写がされていました。

 ちょっと冷たいようですが、架空の人物の芸術論などあまり興味も無くさらっと流せるのになると
俄然読みやすくなりました。
 
 彼の芸術活動を軸に物語は展開。興味を惹かれたものに忠実に従って制作に没頭するものの、
社会に評価される度に興味の対象を変えていく様子が描かれています。
本文にもありますが、
「社会に認知されることで自分の存在を理解する。」
その為だけに作品を披露して、その後は再び孤独な世界へと戻っていく姿は凄みがあります。

 一方で、そんな彼にも恋人や父親といった数少ない交流があり、
全てが破綻してしまうものの確かにクライマックスとなっており印象的。
全体としてページ数は少ないながら、だからこそ人生のリアリティを感じました。
人生を全うしたジェドの満足気な最後に、ほっとしました。

 もう一つ、この本には凄い点があり、それは作者本人が登場して
物語の展開に大きく関わることです。
「世界的に有名な作家」などと自身を描写している茶目っ気は素晴らしい。
(実際、凄い作家先生らしいですけれども)
自分とは異なる架空の人物として小説世界に産み落とす、という手法は
思いついてもなかなか出来ることではないはず。
関連するタグ ミステリー